ファントム大千秋楽ライビュ感想②暗闇から救われるために




はじめに

こんにちは、はぴごろもです。

前回に続き雪組「ファントム」大千秋楽ライブビューイングの感想を書いていこうと思います。でもいろいろ思ったのだけど何を書こうか迷います。

エリックが「Where In The World(世界のどこに)」で「暗闇から救って欲しい」と歌っているので、そこに着目してみます。この作品は光と暗闇の差が鮮明に描かれていますね。そうそう、この曲に入るときの複雑な和音が、エリックの混沌とした心象風景を表しているようで好きです。

「暗闇から救う」って愛があればすぐうまくいくというほど簡単なことではないと思います。

ではそんなこんなで森の場面をば。詩を抜きにしてはこの作品は語れないかと思います。いやそれよりも、この作品の主題になっているのかも…

暗闇から救うために

エリック(望海風斗)はクリスティーヌ(真彩希帆)に自身の心の支えであったイギリスの詩人ウィリアム.ブレイクの詩集を渡す。

クリスティーヌは本をはじめからではなく途中やや前半のページを開けた。途中から読むんかい、と一瞬私は思った。

しかし、たまたまそのページが開いたのかもしれない。つまり、エリックがとりわけそのページの詩を良く読んだからそこが開きやすくなっていた可能性があるかもと。

そこは「無垢の歌」の中の「黒人の少年/The Little Black Boy」という1編なのだそうで、詩集全体からしたら推定でそのあたりのページになるのかと。ネット上で訳された詩を読んでみるとエリックの「心の代弁者」というだけあって、詩の中の少年に彼自身をなぞらえているのがわかる。不遇の中にあって希望の光を教えてくれる母親。わずかな光に大きな愛を見出したことだろう。

当時は列強諸国において人種差別は苛烈を極めており、そんな世界が何世紀も続いていた。白人にとって世界は白人のためにあり、酷い話だが有色人種は白人のための利用すべき家畜同然の存在でしかなかった。同じ人間の子どもでありながら天使のような白人との生活の差は歴然であり、少年は心の拠り所を欲していたと思われる。

白人であってもエリックのようなものも人であって人ではない「ヒトもどき」扱いだっただろう。だから「生け捕り」なんて言葉が使われた。捕らわれれば人として扱われることはない、著しく尊厳を傷つけられることは明白だった。

出生に問題なく明るい世界に生きてきた者に本当の暗闇はわからない。しかしそんな人たちにも誰しも影の部分はある。暗闇から見るエリックからは影ばかり。彼の目にはどれほど醜悪な世界に写ったことだろう。

エリックはオペラ座の地下でしか生きる場が与えられなかった。それでも制限された中でなんとかできる限りの環境に整えてきた。そうして作り上げた地下は彼にとって聖域だった。

わずかな光を遮ることは絶望であり、聖域を死守するために”怪人”とならざるを得なかったか。

本来なら音楽や詩、芸術を愛する純朴な青年であっただろうに、彼らが怪人を作ったとも言える。

天使の歌声の持ち主、クリスティーヌでさえも影の部分はあったと思う。彼女はキャリエールとの話の中で仮面を外したエリックを見る決意をする。無償の愛で慈しんだエリックの母親のように彼女も彼を愛する自信があった。対抗心を燃やすまではいかないにしろ、エリックの心の傷の深さまでは思いが至らず拙速だったことは否めない。

しかしながらクリスティーヌは自分の過ちにすぐに気付くことができた。はじめから聖人君子のように振る舞えればいいけれど、まだまだ若く人生経験が乏しいし、そもそも神様ではない。皆「にんげんだもの」、だと思う。さまざまな感情が渦巻いているからドラマが生まれる。

大きな過ちであったが、非を認めすぐに取るべき行動を取ったことが希望を繋げた。クリスティーヌは失敗を経て真に彼を愛することができた。そう思うとエリックに仮面を外させておきながら、おののいて逃げてしまった場面も必要だと感じる。

大千秋楽では前回観たときよりもビックリ度が抑えられた表現だった。前回は見た目もかなりビックリしたと感じたけど、今回は仮面を外した表面的な部分での驚きより彼の闇の深さとそれだけ欲する愛の大きさに彼女が受け止められる自信がなくなって逃げた方が割合が大きいと私は感じた。声にならないほどの恐怖ももちろんある。

この時はまだ、深い闇を抱えるエリックを受け止める、クリスティーヌの愛の力慈悲の力が不足していたからだと思う。一歩間違えば闇に取り憑かれてしまうほど、闇の力(逆に言えば俗世間が彼を闇へ追い込む力)の大きさがわかる。

お腹を痛めた母ベラドーヴァのように、なんの抵抗もなく無条件に愛することははじめからできるはずもなく(怪しげな薬草の影響もあったかもしれないが)、もともとは血の繋がりのない他人だからもっと大きな試練が必須だったと考える。結果、エリックの方に影響が大きく可哀想過ぎるけど、だからこそ最後の癒しがより強調されたと感じた。

最期を看取るときは、彼女はエリックの母と同じ慈しみの目であった。エリックを癒すことにより天使の歌声だけでなく聖母マリアのような存在になり得たのかも。クリスティーヌもエリックを真に愛することができ、救うことで彼女の魂も磨かれた。

エリックは狂おしいほどに愛の光を求め続けた。最後には愛と慈しみで癒せるようになったクリスティーヌに包まれ、ついに暗闇から解き放たれた。あの子どもの頃のように再び穏やかな微笑みを浮かべていたのが印象的だった。生きる意味、生きた歓びを噛みしめて天に還っていったのだと思いたい。

「ファントム」が教えてくれたこと

人間扱いされないエリックの心をW.ブレイクの詩が支えてきた。W.ブレイクの「無垢の歌」が刊行されたのは1789年らしい。

私はふとジェレミ・ベンサムが頭に浮かんだ。W.ブレイクと同じイギリス人。功利主義の創始者として知られる。「最大多数の最大幸福」を提唱し、彼なりの理論で社会全体の平等も説いたが、やはり当時有色人種は人として対象外で救われなかったのではと思う。人として扱われていないから、当然快楽を追求し苦痛を減らすことを認められることなんてなかっただろう。ちなみにこの哲学『道徳および立法の諸原理序説』が刊行されたのも奇しくも1789年とのこと。

光の当たらない運命に生まれてしまったエリックを絶望に終わらせなかったのは哲学ではなく詩の力だった。

わずかな光を探し出せれば大きな希望となる。そこには愛がある。生きる意味を見い出せれば、魂は救われ天に還ることができる。

絶望の中にあっても精神までは朽ち果ててはいけない、光を求め続けることの大切さ。望海風斗&真彩希帆率いる雪組が作り上げた渾身の作品はこんなことを教えてくれたのではないかと思う。

エリックが天に還り寂しくなってしまった方へ

エリックは天に還ってしまいたしかに寂しい。けれど彼の愛した音楽はクリスティーヌに受け継がれた。想像だがきっと彼女はその後、さまざまな舞台で彼を想いながら歌ったのではないだろうか。

その音楽はさらに広く時代を越えて歌い継がれて…

おお!なんと「ファントム」という作品にまでなったのでした。彼の遺してくれた音楽を味わっているとき、ふと白い羽が揺れたのなら彼の魂がすぐ近くに来ているのかもしれません。

おわりに

軽いタッチで書こうとしたのですが、うっかり硬めの文体になってしまったかも。しかもはじめは思い付いたことをどんどん箇条書きで書いていくつもりでしたが(望海さんうますぎる、あなた神ですか!とか真彩さん天使!とか)、私の文章も地下の暗闇に迷い込んでしまったようです(笑)。これが私の二面性か。暗闇から救って欲しい〜。まあいいか。(いいのか)

次はキャリエールについて書こうかしらん。しかし書くのになかなか時間がかかるのう。予定は未定ですが、今回はここまでです。

前回の記事や仮面を外したところなどを書いた記事はこちらです。

ファントム大千秋楽ライビュ感想①望海風斗率いる怪人級の公演

エリックとクリスティーヌ~顔を見せての場面~(『ファントム』)

仮面を外すことについて(『ファントム』)

おお!久しぶりに3000字超えました(3370字)。長くなりましたが最後までお読みいただきありがとうございました!

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2 件のコメント

  • おはようございます。みかづきです。
    いつもながら読み耽ってしまいました。望海さん神!とか真彩ちゃん最高!(それは私の方)だけではない素晴らしいファントムの考察です!ブラボーです!私もエリックが光を失い続けずに生きられたことは奇跡に等しいのだなと思います。本来の彼は人種的優位者であるんですよね?でも異形の者として生まれてしまった。どんな素晴らしい才能を持っても彼は幸せになり得ない。(小説では生まれた時に母親から殺されそうにもなりますし)私はエリックを思う時に「エレファントマン」を思い出します。彼もやはり異形の者として見世物小屋で酷い扱いを受けていました。それくらい優位である(容姿、財力も)ことが是であるという社会に生まれ、当然暗闇の中で生きるしかなかったエリック。宗教的に自殺することも許されず…私なら自暴自棄の極みです。何もかも許せず、連続殺人犯くらいになっていたかも。そんな状況にありながら世界のどこかには自分を救ってくれる光(声)があると希望を抱き続けたエリックを思うとなんて強いのだろうとそれだけで感動してしまいます。そしてそれを成し得たのはヴェラドーヴァが心から愛してくれたからですよね。昨今の母親の子供に与える影響を考えると…私自身の在り方も顧みせられるヴェラドーヴァでした。その一方で、クリスティーヌがエリックの素顔を見て純粋に驚いたとしても不思議はありません。多分、彼女の人生の中に存在し得ない形だから。それでも彼を愛すことができた。それこそがクリスティーヌの純粋さであり素直さ、人間としての成長であり素晴らしさですね。形式ではなく本質で、まさしく心(歌)で結ばれた2人なのだなぁと思いまた涙が出てきます。今まではクリスティーヌが歌い続ける姿が想像できなかったのですが、大千穐楽のLVを経て、きっとエリックとのハーモニーをいつも心に響かせながら歌い続けてくれただろうし、きっと可愛い男の子と女の子のお母さんになって、その子供も建築家や歌手になって…そして今世でエリックとクリスティーヌとして転生してくれたと信じます!信じたい!はぴごろもさんの感想にありがとうです♡すっかりファントムロス真っ只中ですが、心はずっと温かくて幸せです。でも白い羽が揺れているのを見たらやっぱり泣いてしまいそう…。すみません…興奮して長々と書いてしまいました。
    キャリエールのブログも楽しみにしています!

  • みかづき様
    いつもツイッターの方で楽しくさせて頂いております。
    今回はコメント欄に溢れる思いをありがとうございます!
    すごい読み応えがあって、ブログをやっても毎日更新できそうな勢いがあります(笑)。
    そう、エリックが光を求め続けたのは奇跡のようですね。やはり愛された記憶が大きかったと思います。
    クリスティーヌがエリックから受け継いだ歌や芸術諸々、子どもたちに伝えていたらと信じたいですね。ママの先生はこんなにすごい人だったのよと。
    そうすればエリックがこの世に生を受けた意味が輝きを増しますものね。
    そんな強い想いをエリックに馳せるみかづき様の後ろにもあらっ!?なにか白い羽みたいなものが…(笑)

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