「受賞」や「名作」に捉われず(『凱旋門』)




「賞」を考える

こんにちは、はぴごろもです。

今回は少し前から気になっていた「賞」について考えてみたいと思います。

宝塚公式の公演説明によると、『凱旋門』は、「主演を務めた轟悠が文化庁芸術祭賞演劇部門優秀賞を受賞」したとあります。

「絶賛」「傑作」「待望」と続き、他でも「名作と言われる」など作品を形容する言葉には賛美が並びます。

18年前の公演を観ていない方の割合の方が高い気がしていますが、こうした言葉を並べられると、名作として理解しなければ、とそちらに意識がいってしまうことはないでしょうか?

目の前の公演に集中して、ただただ自分の素直な気持ちで観劇すればよくて、そうした意識は不要と思います。

そうは言っても公演説明に書かれていますし、メディアの報道でも伝えられていますので、やや気になるところでもあります。

「文化庁芸術祭賞」とはどのような賞なのでしょうか。

文化庁のHPには下記のように説明があります。

文化庁芸術祭は,広く一般に優れた芸術の鑑賞の機会を提供するとともに,芸術の創造とその発展を図り,もって我が国芸術文化の振興に資することを目的として昭和21年以来毎年秋に開催される芸術の祭典です。

文化庁HPより引用)

平成29年ですと、10月2日から11月10日の期間に,関東・関西で行われた演劇41件の中から

「大賞」「優秀賞」「新人賞」が関東関西で各一つずつ選ばれています。

この期間に関東もしくは関西で行われる公演であることが必須です。

「新人賞」は「新人」ですから人が対象です。

新人と言ってもかなりの実力と実績が必要。

宝塚では過去に霧矢大夢さん、柚希礼音さん、明日海りおさんが新人賞を受賞されています。(他にもいらっしゃると思いますが、調べていません)

他にも組単位で優秀賞を獲得したりしています。

轟悠さんは優秀賞を個人で受賞するという宝塚としては珍しい形(唯一?)になりました。

芸術祭参加には事前エントリーが必要ですので、その時に組単位ではなく、劇団が轟さんを個人エントリーしたものと思います。

劇団は轟さんの演技を評価して欲しかったのですね。

そして見事に受賞されました。

公的な受賞のおかげで専科に異動後も主役であり続けることに説得力を持たせる効果があるでしょうし、18年後に轟さんが『凱旋門』を再演するための大きなハク付けにもなりました。

後々の再演なども考えてこうした賞への参加をしているかもしれません。民間企業ですから、劇団の方針に基づき、利用できるものは利用するのは正しいです。

賞の意義もあると思います。

国は文化の発展や振興のためなるべく偏らないようにいろいろなジャンルや作品を受賞させるという必要があるのではと。

余談ですが、とある農産物(控えます)の、とある賞は、必ずしも大絶賛するほど美味しくない、ということがあります。その賞は地方の農業の応援の意味合いを持つ場合があるそうです。(農業関係の仕事に携わる夫情報より)

もちろん一番美味しいものを決める賞もありますが、賞によって背景が異なる、ということです。

とりわけ、芸術は一番を決めるのが難しい。人によって一番は異なりますし、単純に比較できるものではないからです。

フィギュアスケートのように明確にポイントをつけられません。

賞にケチを付けるつもりでは毛頭なく、文化庁芸術祭受賞は喜ばしく大変な名誉であり素晴らしい賞であることに疑いを持ちませんが、言いたいことは、観る側はその権威ある賞に捉われる必要はないということ。

「名作」も同様。

お土産に名物と書いてあっても美味しくないことは多々あります。名物・名品と謳っていなくても優れたものは山ほどあります。

「名作と言われる」公演も自分には響かないかもしれないし、逆に多くの人に駄作と言われた作品に愛着が湧くこともあります。

泣き、笑い、トキメキ、共感し、歌に酔い、心に響き、カタルシスが得られ、余韻を味わい、何度でも見たくなる。ご贔屓の活躍を見たい。楽しみ方は人それぞれです。

自分の中でどう感じるかに尽きます。

過去の栄光を引っ張ると堅苦しくなったりします。

「受賞」「名作と言われる」ことに捉われないニュートラルな状態で、肩肘はらずに作品に入り込めたらいいですね。

自分の心で「名作」「名演技」に出会えますことを。

お読みいただきありがとうございました。

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