「ファントム」感想③キャリエール考その2




まだまだファントム

こんにちは、はぴごろもです。

「ファントム」エリックの父キャリエールに思いを馳せて2記事目です。書きかけでしばらく経ってしまいました。思い出しつつ書きたいと思います。

(その1はこちらです。「ファントム」感想③キャリエール考その1

 

雪組のファントムしか観ていないので過去の公演についてはわかりませんが、演出が何カ所か変わっているそうですね。

その中でエリックが警察に生け捕りにされそうになった時、キャリエールに「父さん!」と叫んだところも変更点のようです。

過去の作品については何も言えないし、過去の作品を観ていれば変更の結果、違和感を持つ方もいるかもしれない。それは個々の受け取り方ですし、その通りかもしれません。でも、雪組公演では「父さん」と叫ぶエリックに私は非常に納得しました。そのあたりのキャリエールの心境に想いを馳せてみます。

地獄はどちらか

「生け捕り」と言う言葉を聞いて、それまで目覚ましい行動ができなかったキャリエールの顔が一変し、いきなりエリックに銃口を向けた。もちろん気は狂っていない。エリックは生け捕りにされれば見世物小屋送りか。そんな地上はエリックの言う通り地獄だ。エリックもクリスティーヌを地上(地獄)へ送ることを拒んだように、息子を地獄に送るわけにはいかない。約束したのだ。

しかしやはり血の通った愛する息子。つい先ほど初めて親子として会話をしたばかり。地下で懸命に生き、光を見つけ出し、私も経験した史上の美(愛)について語り、生きる歓びを知ったばかりの息子。私の生きがいでもある息子。長年暗闇の原因であったエリックの顔についても二人で笑い飛ばせることができた。そしていい声であることを噛み締めることができた。

そんなエリックを本当に自分が命を奪っていいのだろうか。しかしエリックはまさにそれを望んでいる。

 

あの短い時間にどれほどの葛藤があっただろう。引き金を引く引かない紙一重の差で運命が大きく変わる。

「そうだ!撃ってくれ!」「ジェラルド!」と叫ぶがキャリエールは引き金を引けない。撃たないといけないと自分に言い聞かせようとしても、なお躊躇して引けなかったと思う。これ以上迷っていたら警官に取り抑えられてしまい、エリックも生け捕りにされたのではないだろうか。

エリックもキャリエールが撃てないことを察して「父さん!」と叫んだのだと思う。「父さん」があったから父親として息子を静かに眠らせようと意を決することができたのだと思う。

何も問題ない親子関係だったなら子どもの頃親に、あれやこれやたわいもないお願いごとをしたはずだ。父子として初めて向き合えた親子。初めてエリックは「父さん」に最初で最後のお願いをし、キャリエールは父として息子との最初で最後の約束を果たした。

愛し合うクリスティーヌに優しく抱かれ、温もりを感じながら愛に包まれて天に召されることができた。

エリックの望み通り彼を静かに眠らせることができたキャリエール。初めて息子を見た時はおぞましいと感じて悲鳴を上げてしまったが、今度こそは優しく包み込むような父性溢れる眼差しでエリックをみつめることができた。背景の絵画も天国のようで天使たちに見守られているかのようだった。

ところでキャリエールは自分が撃ってしまったら、この後自分はどうなるのか、逮捕されてしまうのでは、などと考えただろうか。

私はその時は考えてはいなかったのではと思う。ただただ”息子”の願いを聞く、待ち受ける地獄の苦しみからこの手で解放してやるということだけだったのではないか。

いつかこんな日が来ることを覚悟はしていたと思う。当時この社会でエリックをずっと守っていくということは無理がある。エリックの光を守りぬくために自分が逮捕される状況になることなどはとうの昔にわかっていただだろう。エリックを守ることが重要であり彼にとって逮捕されるのは瑣末な事、それくらいの覚悟でエリックを守り続けたのではないか。

エリックを撃ったあと、警察に「皆んな下がってくれ」で本当に下がる警察にも少々驚くが、きっと待っていてくれたのだろう。キャリエールは逮捕されるだろうが、本人は父と子の約束を果たせた気持ちがあるだろう。これまで臆病な面があった彼だけど、きっとエリックやベラドーヴァのことを思いつつ堂々と刑を受けたのではないか。そこに絶望感はないものと私は思う。

 

ちなみにエリックも「父さん!」と叫ぶときどうだったか。父子であることがバレてキャリエールが逮捕されすべてが詳らかにされ社会的な死を迎える、なんてことを心配してはいないだろう。それどころじゃない。

この人は父と名乗らないけどずっと限りなく父であり、いつ何時でも自分のことを思い共に歩んでくれている。「父さん」と呼ぶことで父子の約束が果たされ、エリックもキャリエールも肉体はそうでなくとも魂は解放されることになったのでは。

ウイリアム・ブレイクの詩がエリックの心の代弁者であるならば、魂の存在を考えた方が良いと思う。これは物語の中だけでなく現実の人にでもそう思っている。私は霊感はないので実感はないが、魂が存在すると思っていた方が心が安らぐからだ。魂がなく、もしも肉体しかなかったのならば死は喪失感がのしかかる。魂は祈ることで昇華されるだろう。

肉体のしがらみから真に解放されたエリックは幸せを感じつつ天に召されたのだろう。地獄行きのところを救って天に送ることができたキャリエールにとっても、彼やベラドーヴァへの贖罪となり魂の救いになったたことだろう。

おわりに

キャリエールが好きだ。彩風咲奈さんが演じたからかもしれない。彼は諸悪の根源かもしれないが、当時の社会の闇が背景にあったと思う。だから致し方ないと思えるし憎めない。彼の未来も明るいものであったと信じたい。なぜならベラドーヴァ、エリック、クリスティーヌと皆音楽で繋がっているから。

『ファントム』を観るといろんな想いが巡る。心情に思いを馳せたり、小ネタで突っ込んだり。

また機会がありましたら~。

お読みいただきありがとうございました。

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