「ファントム」感想③キャリエール考その1




キャリエールを思う

こんにちは、はぴごろもです。

雪組「ファントム」の感想を書こうと思います。ファントムことエリック(望海風斗)のクリスティーヌ(真彩希帆)との愛についてはいくつか書きましたが、今回は父キャリエール(彩風咲奈)との父子のことについて。

そもそも諸悪の根源はキャリエールなのか。あらためて彼の所業から起こったことをザッと振り返ってみます。

・既婚者でありながらオペラ座団員と恋に落ち、しかも身篭らせてしまう。

・彼女(ベラドーヴァ)に既婚であることを伝えていなかった。カトリックの為、離婚もできない。

・神に祈っても救われない彼女は薬草に走る。

・薬草の影響か、顔に奇形を持つ男児(エリック)が生まれる。

・エリックをオペラ座の地下の暗闇で生活させる。

・ベラドーヴァの命を縮めることになった可能性も。

・エリックを撃ち、命を終わらせる。

 

うーむ、なかなか罪深い人生だ。そもそもは先々のことを考えずに子どもを作ってしまったことが元凶であることは間違いない。最高潮の幸せの中での若気の至りは、その後の人生においてずっと重い十字架を背負うことになった。

ベラドーヴァもキャリエールとの結婚の可否を事前に確認していなかったことに、ある程度の落ち度はある。キャリエールの方が断然非があるが。そりゃまさかもう結婚してるとは思わなかったのも無理はない。彼女も若かったのだろう。恋の旅路も過てば怖いことになる。

クリスティーヌもエリックに顔を見せてと言っておきながら、あまりの恐怖におののいて逃げてしまったことは、人生経験の浅い若さゆえの失敗だった。

恋も愛も甘いばかりではない。酸いどころか業火に焼かれる時もある。

さて、そんなキャリエールに私が思ったのは自業自得、因果応報。も、なきにしはあらずだけど、ではなくて彼は柔和な性格で自分の意志を反映できる人ではなかったのかなと。その結果、あまり強い意志を持たず、受け入れて生きていく人生を歩んでいたのだろうかと。

キャリエール家はおそらく家柄が良く、お金も潤沢にある。オペラ座の支配人になれるくらいに政界、財界各方面にコネクションが効く。それは彼が望もうと望まざるとも生まれた時からそういう環境だった。

富や権力を持つものはそれらをより盤石なものにしようとする。結婚は非常に有効な手法だ。結婚は親同士が決め、本人の感情は一切考慮されないだろう。キャリエールが若くして愛のない結婚をしていたのはそういうことだろうかと思う。

また、カトリックであることもやめられない。カトリックは離婚できないから、愛のない結婚をしたということはすなわち愛のある家庭を築けないということ。築けるかもしれないが少なくとも希望満ちた未来ではないだろう。これからの人生ずっと。自分の意志に拠らない結婚により人生早々にそれが決められてしまった。

はたから見れば、名家に羨むばかりの容姿で生まれたのなら人生楽勝に思われるかもしれないが、本人はそうでもなかったと思う。就職先ももともとは本人が望んでいた職だったかも不明だ。親が用意したレールをただただ歩くだけの人生に思っていたかもしれない。彼にとって結婚とは、光のない暗闇の中に生きるに等しかったのではないかと思う。

そんな中、ベラドーヴァと恋に落ちたことはどれほどの歓びがあったことか。暗闇に光が差したことだろう。しかもキャリエールとの出会いにより彼女はこれまで秘めていた天使の歌声を奏でることに。

キャリエールは天使の歌声をこの世に送り出すことに成功させる。愛する人の才を見い出し、大成させる喜びは自分のことより大きなものでもある。ちなみにこれはエリックがクリスティーヌを開眼させた時にも通じる。シャンドン伯爵だって資金面の強みでクリスティーヌの歌声を開花させようとした。

かくしてキャリエールは自分の事情は置いておいて、天使の歌声を持つベラドーヴァとの恋を文字通り謳歌した。破綻は目に見えていたはずだが、当の本人たちにとっては恋は盲目。キャリエールが既婚者であることを伝えていない非は大きく、現代社会、一般的に共感されないこともよくわかる。しかし彼の育ってきた環境に想いを馳せると、何も考えずに恋に身をやつしたくもなる気持ちも少しわかる気がするのだ。咲ちゃんの細やかな台詞回しからそんなバックボーンが滲み出ていたように思う。

 

キャリエールにとってエリックの顔とは

キャリエールはクリスティーヌとの話の中で、エリックの誕生の経緯やファントムとして生きる息子に対する心情をとつとつと話した。

彼は息子の顔のことをどのように感じていたのだろうか。

・自分の息子がこの世のものならざる顔で生まれたこと

・ベラドーヴァは至上の美として息子を愛したこと

・エリックが自分の顔を見て「海の化け物」とショックを受け、夜毎泣いたこと

どれも辛いがキャリエールが一番辛かったのは、ベラドーヴァがなんのためらいもなく至上の美として息子を愛したことだとクリスティーヌに述懐している。

顔の奇形ができた経緯を振り返ると、

・キャリエールが既婚であることを伝えていないまま、ベラドーヴァを身篭らせた

・結婚できないベラドーヴァは打ちひしがれ、薬草に走る

・薬草摂取により薬草の持つ催奇性が胎児の顔の形成期に影響し、奇形を生じさせた可能性がある

であるとすると、キャリエールは自分の罪を息子の顔の奇形として突きつけられた形なのではないだろうか。

愛する人との間に生まれた赤ちゃんは、本来であれば無条件に可愛いはずだった。しかしその愛すべき我が子が正反対の化け物並みの顔であったことのショック。

その顔を愛おしく慈しむベラドーヴァ。至上の美そのものの世界。愛し合ってできた子どもであり、その母は聖母マリアのよう。対して自分は見た目の醜さに心が拒絶してしまっている。

至上の美と相反して、自身の心の醜さや罪深さが強調され、グサっと胸に刺さったのではないだろうか。のちにエリックに仮面を付けさせたところ、キャリエールも幾分気が楽になれた理由は見た目だけの問題でなく、そういった心の闇に仮面を被せる意味もあったのかもしれない。

オペラ座の地下に暮らすということ

現代の感覚で考えれば、暗い地下に生活させるなんて、とんでもないことだ。

しかし当時は統治する側から見て「知性がないもの」「野蛮なもの」「普通ではない」ものは「人ではない」ものでどう扱っても構わない社会だった。キャリエールにもエリックにとってそんな地上が地獄であることはわかっていたから保護する意味で地下に生活させたのだろう。

地下の環境整備、従者六人分(前の公演では倍以上?)の衣食も含めると結構な経費を長年かけている。「僕が食べ物を見つけてやらなければ」と言うエリックだが調達資金はキャリエール持ちだろう。光のあたらない地下で、せめてエリックの望むまま希望通りにしてきた。やるせないが、当時としてはそれしかなかったのだと思う。こうしてキャリエールがエリックを「できる限り」庇護してきたのは、自分の招いた結果の贖罪である意味が大きかったのではないだろうか。

最善ではないかもしれないがこれしかできない、ファントムとして恐れられる息子を隠匿したことがいつの日か詳らかになり、自分が責められ解任させられることもすべてわかっている。わかっていながらもエリックとベラドーヴァに対する贖罪を続けることは、彼にとって光を探すための行動であったかもしれない。彼もエリックと同じ心は暗闇の中にあり、光を求め続けていたと思う。それは息子への愛があったからに他ならない。そうでなければ金や権力でエリックをどうとでもできたはずだから。息子ととも心は暗闇にあり、寄り添い、ともに救いの光を求めていたのだ。

「You Are My Own」で二人は「音楽で固く結ばれてきた」と歌ったが、エリックとキャリエールはそれまで音楽で直接は繋がっていなかったと思う。ベラドーヴァの歌を介して繋がっていたのであり、彼女の肉体はこの世から去ってしまったが、音楽を遺した。エリックとキャリエールはいかにも父子らしい日々はなかったが、ベラドーヴァの遺した音楽の力で見えない絆は繋がっていたということだと思う。そしてクリスティーヌの歌声がきっかけで父子が父子として真正面から向き合えることになったのだと感じた。

おわりに

最後の捕らわれそうになるシーンまで書いて終わりにしようとしましたが、いかんせん真夜中に目覚めた時にだけ暗闇の中で(闇かい)ちょこちょこ細切れに書いていてなかなか終わらないのでここまでにします。

子どもの寝かしつけでこちらが寝ちゃうのですよね。(ついでにタイムリーなツイートを見ましたのでご紹介)

お芝居の感想、自分の感じたことを書くのは私は時間かかってしまいます〜。一方的に書いていますので、雪組ファントムお好きな方たちとあれやこれやファントム談義なんかもできたら楽しそうですけどね。

ではこのあたりで。

お読みいただきありがとうございました。

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