『ひかりふる路』ライブビューイング観劇
2月11日は『ひかりふる路』『SUPER VOYAGER!』の千秋楽でした。
おめでとうございます!
私はライブビューイングで観ることができました。場所的には前の方だったのでSS席の気分でした。
ルサンクとプログラムを購入し、いざ仏国へ
— はぴごろも (@hapigoromo) February 11, 2018
1時間半の舞台が本当にあっという間。
もう、なんと表現したらよいのかわかりません。
どうでもいいことだけど、落雷の時は木の下に避難するのは危ないかと
ああ、めっちゃ目が腫れた
こうしているうちに忘却してしまう自分が口惜しい すべて焼き付けたい— はぴごろも (@hapigoromo) February 11, 2018
あ、いやいや、こんなことが言いたいのではありません。
ひかりふる路初めて観た。後半ぐらいから涙腺決壊した。
放心で立ち上がれず— はぴごろも (@hapigoromo) February 11, 2018
でも言葉が出てこないのですよ。涙は止めどなく出るのに。
すごかったなあ。
安定なんてものではなかった。攻める気概が全身に現れ、魂を震わせるほどの歌声に身震いした。そこにはたしかにマクシミリアン、そしてマリーアンヌの心があった #ひかりふる路
— はぴごろも (@hapigoromo) February 11, 2018
歌が演技が、という区分けをするのが難しいくらいに望海風斗さんの歌が自然に感情の昂りを表していて惹きつけられます。
歌が演技が、というより感情の昂りがものの見事に歌で繋がっており、CDが全編収録になったのも、さもありなんと思った
— はぴごろも (@hapigoromo) February 11, 2018
また、公演期間中、喉の不調な時もあったという真彩希帆さんですが、本当に美しいソプラノを聴かせてくれました。
そして本当にマリー=アンヌとして舞台に生きたのだと思います。
だいきほの魂の歌声・演技に私も中盤から涙し、後半は涙腺が決壊していました。
彩風咲菜さんのダントンも素晴らしかった。
豪放磊落なダントンを見事に演じていました。
咲ちゃんも涙を流してセリフを言っていましたね。
アーササンジュストも良かったなあ。歌も演技も素晴らしい。
ロベスピエールに心酔して崇める目に引き込まれました。
カメラワークも最高でした!
ロベスピエールについて
恐怖政治へ
望海風斗演じるロベスピエールはなぜ恐怖政治に走ったのか。
孤児になった少年ロベスピエールは父に会える希望を胸に、勉学に励み弁護士への道へと進む。
故郷での平穏な暮らしの尊さと脆弱さを知り、彼らを守るために政治家へと転身する。
元々は素朴で平穏な暮らしをする人々が守るべき対象であり彼の描く理想の社会だった。
時代は長年支配してきたブルボン朝がルイ16世を処刑することで終わりを告げた。
その後の革命とはなんだったのか。
彼こそが「革命そのもの」とされたが、革命=理想ではない。
革命は理想への手段である。
ルイ16世を処刑しアンシャン・レジーム(旧制度)の打破までは意見が一致していたダントンなど仲間も、手法について食い違い、ついに袂を分かつことに。
意見が違(たが)えば即、処刑。
食事に誘ってくれた(多分ともに「食事をする」というのは大きな意味があるのでは)ダントンも断頭台へ送ってしまう。
愛したマリー=アンヌの声も届かない。
歩み始めは光り輝いていたはずの理想への大通りは、次第に暗く狭く進むべき方向も分からなくなってしまったのでは。
マクシム(ロベスピエール)は孤独だった。
愛した人一人幸せに出来ないのだ。そして自分さえも。
ダントンの言葉が突き刺さる。しかしその友も粛清してしまった。
民衆を恐怖に陥れた元凶は自分。
次に粛清されるべきは…
過渡期に必要とされたロベスピエール
当時は絶対王政で重税で民衆が苦しんでいる。
そこへルソーやヴォルテールなどの自由を謳う啓蒙思想が、民衆に広まっていった。
イギリスの立憲政治やアメリカの独立がフランスも刺激を受ける。
革命を実行していくには強大な権力がある程度必要だと初めは民衆も受け入れ、支持をしていたのでは。
カンフル剤としては一時的な効果はあるのかもしれない。
しかし当然ながらこのやり方は長くは続かない。
やがて恐怖に恐怖を重ねる政治に民衆の心は離れてゆく。
「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」
ロベスピエールは孤独。
彼の周りにいるものは信奉者であり、崇められているだけだ。友ではない。
自分の孤独を埋めようと孤独に意識を近づけば、そこにはあらゆる負と繋がっている。
孤独を埋めることと革命による粛清は彼にとって類似しており、これは自分の深い淵を埋めようとしているのに他ならないのでは。
深い闇を塞ごうとして闇に近づけば実は闇もこちらに近づいている。理想と大きく乖離する「現実」という闇。闇を塞ごうとしてますます闇の淵が広がり深くなってゆく。闇に取りつかれるのに時間はかからなかった。
「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」というニーチェの言葉がふと思い浮かびました。
マリー=アンヌに希望を見る
粛清されるべきは自分であると悟ったロベスピエール。
投獄されるとなんと自ら追いやることになったマリー=アンヌと再会することになる。
実は自分を殺めるために近づいたマリー=アンヌ。
そこに一つでも真実はあったのか。
答えは、あなたを愛したこと。
愛だけは真実だった。
それを聞いたロベスピエールは釈放されることになったマリー=アンヌを送り出し、そして下りのない階段を上る。
今度こそは『ひかりふる路』だと確信して…
彼の中の黒い霧は晴れ、階段を上がる彼の背中は柔らかい光に包まれていた。
その後は
ロベスピエールの処刑後、恐怖は取り払われたのでしょうか?
その後は穏健な共和派が主導する総裁政府が成立しましたが、革命前に戻そうとする王党派やもっと強力に改革を推し進めようとする左派によるクーデターが相次ぎ政情不安に陥りました。
安定とフランスの膨張を望む声が今度はナポレオンの台頭を呼ぶことになります。
絶対王政から総裁政府に至るまで、内乱(作中では老獪なタレーランの手業)を抑え、外国の勢力にも対抗するためにはロベスピエールのような人物を時代が欲していたのかも。内憂外患を乗り切るための強力な体制とともに。
本当に恐怖政治の首謀者だったのか?
プログラムに寄稿した高橋暁生氏によると、ロベスピエールが「恐怖政治」の責任の一端はあるものの、弁が立ちその時々の趨勢を左右する重要な演説を行っていたということで、格好のスケープゴートにされたようです。
作中でも次に何をしたらよいか見えなくなっていたロベスピエールはサン・ジュストたちの言われるままに祀り上げられる立場にされましたね。
自由・平等・博愛を掲げる理想の共和国の為にすべてを捧げた彼は、現実と理想の狭間で焦燥と葛藤にかられる。
立場が危うくなってもうまくそこから逃げ出そうとはせず、革命に身を捧げた彼はまさに「革命そのもの」だと感じました。
おわりに
千秋楽を一度観ただけなのと知識不足なのは否めませんが、なんとか思い出して(思い出せてないけど)感じたことを書いてみました。
もう一度観るとまた違った感想だったりこれは違ったなというものが出てくると思いますが、あまり考えすぎると何も書けないのでとりあえずな感じです。
失礼しました。(※投稿後、何回か加筆しています。)
でも、もっともっと見たくなるし、時代背景も調べてマクシムやマリー=アンヌ、ダントンなどの心情にももっと迫りたくなる素晴らしい作品でした。
生田先生の素晴らしい脚本、だいきほの魂を震わせる歌唱、演技。雪組の『ひかりふる路』は本当に史上最高ではないかと思う作品でした。ライブビューイングを観られて本当に心震える時間を過ごすことができました。
ワイルドホーン氏の楽曲を望海風斗、真彩希帆で堪能できるって、素晴らしすぎて再演が難しいかも…
とにかく心震える作品を作り上げたすべての皆さまに感謝の気持ちを込めて、拙いながらも書かせて頂きました。
『SUPER VOYAGER!』も書けたら書きたい…ような
観劇やライブビューイングに行かれた方もお疲れ様でした(^^)!
楽しい千秋楽挨拶についてはこちらを書きました。
↓感謝感謝です!
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