憧花ゆりの退団と『愛聖女』LV感想④「花になる」ことについて




憧花ゆりのさんの退団発表

こんにちは、はぴごろもです。

月組の組長、「すーさん」こと憧花ゆりの(とうかゆりの)さんの退団発表がありました。長年の尽力と退団の決断に敬意を表したいと思います。

愛希れいかさんとの同時退団です。

すーさんが組長として月組をまとめ引っ張ってきた情熱は、退団後もきっと受け継がれていくのでしょう。

一つの時代の区切りは寂しい。けれど自分の道をやり遂げて、次代へバトンを渡すその決断は美しく尊い。

最後の舞台まで駆け抜けられるよう、お祈りしています。

「花になる」

『愛聖女』の感想を書いてきましたが、今回最後に印象的なこちらのシーンから書いてみようと思います。

過去に書いた記事はこちらです。

『愛聖女』LV感想①愛希れいかジャンヌ600年の時を経て活躍!

『愛聖女』LV感想②ここはちょっと…気になったところなど

『愛聖女』LV感想③ちゃぴジャンヌダルクの魅力とキャスト別感想

 

ジャンヌ(愛希れいか)は死期が近いシドニー(夢奈瑠音)に問いかける。

 

「人は死んだらどうなるのかな…」

 

「…花になる」

 

その言葉を聞いたジャンヌはハッとし、やがて微笑む。

シドニーの短いであろう命も、自身の苛烈な運命もすべて意味があるのではないかと。

 

花は美しい。

美しいと思う心は時代を超えても不変であり、枯れることはない。

人々の心に潤いと彩と希望を与えてくれる。

その花になるのだ。

自分が生きる意味はある。

中世でも現代でも。

「年年歳歳、花相似たり 歳歳年年、人同じからず」という言葉があるが、

人の命は短いが花は毎年同じように咲く。

だが、人が花になるのならば、花もまた「同じからず」ではないだろう。

たった一つの「花」なのだ。

そしてその花の命が尽きれば、種ができる。

種はまた新たな命の種だ。

花を愛する人たちに育てられたその種は、今度はどのような花を咲かすだろう…

 

自分の為ではなくひたすら「公」のために献身したジャンヌにとって、焼かれたあと「花になる」という言葉はどれだけ勇気づけられただろう。ジャンヌは勇猛果敢な戦士だが、一人の若い女性でもあるのだ。

100年戦争を道半ばに囚われの身になってしまったジャンヌ。命が燃え尽きようと、「花になる」ことで後世の役に立てることを知り、恐れることなく中世に帰ることができた。

覚悟を決めたものの顔、そして背中は美しい。

ジャンヌの帰る先は中世であり過酷な運命が待っているのだが、彼女の後ろ姿は美しい未来へ歩を進めていくようであった。

「The Rose」

私はこのあたりで頭の中に「The Rose」のメロディーがふと浮かびました。

こちらのブログ主様の訳詞が素敵でしたのでご紹介したいと思います。

http://lyrics-jp.blogspot.com/2014/11/bette-midler-the-rose.html

ジャンヌとシドニーの場面を思い出しつつ読むとイメージが膨らみます。

ちゃぴジャンヌは太陽の愛とともに再びバラの花を咲かすのですよ…うう(思い出し泣き)

はちゃめちゃな楽しくて気になるところもあるけどぶっ飛んで、最後は泣かせる歴史的な作品でした。

 

ジャンヌが現代から去るときに置いていった一輪の黄色いバラの花。

「ジャンヌダルク」という品種があるそうなので探してみました。

こちらです。

美しいですね。

黄色のバラの花を見ることがあればちゃぴジャンヌのことを、そして『愛聖女』という作品を思い出すような気がします。

そしてその時はきっと心に花が咲くのだと思います。

「愛」と「勇気」と「希望」という名の花が…

 

お読みいただきありがとうございました。

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