はじめに
ご訪問ありがとうございます。
こちらの続きになります。
創作ものを温かい目で読んで頂けるようでしたら、下へお進み下さい。
前編からの続きとなっておりますので、そちらをお読み頂いてからお願い致します。
一度前編を読んで頂いた方もよかったら、お願いします。
秋の夜長(朝や昼でしたら夜のつもりで)、心を込めて。
どうぞごゆっくり~。
「望郷の詩」後編
…
そうか、あれは、まだ初めの頃。
「この人を癒さなければ」と頑張って連れていったっけ。
夜景を見に、私の運転で。
今日の月よりも、もっともっと輝いていて綺麗だった。
と思う。
実際は極寒の中だったから寒くて寒くてそれどころではなかった。
ゆうみちゃんはルンルンで夜景を見ずに空を見上げていた。
あまり寒さを感じずに。
それはそうだろう。
私がすべての風を受けていたのだから。
私が連れ出しておいて、彼女に風邪を引かせたりなんかしたら私の責任問題だ。
なるべく冷やさないようにと私が風よけになっていたのだ。
今思えば、私もちょっと張り切りすぎたかな。
でもあんな顔で、「私もちぎさんと普通のお話しがしたかった」なんて言われれば。
大事な相手役だ。
なにもしないわけにはいかないだろう。
まあ、ここまでは恥ずかしくて誰にも言えないけれど。
始めは彼女に風邪を引かせてはいけないと思い必死だったが、帰り際はなんだか急に恥ずかしくなって、
「早く目に焼き付けて!」なんて言って切り上げるしかなかった。
観覧車の時もそうだ。
まさか、あんな時に話題にされるとは。
正直動揺したな。
組子たちの計らいとは言え、二人きりで観覧車なんて、恥ずかし過ぎる。
みんなも乗るかと思って詰めて乗ったから、彼女がすぐ隣にいる。
どうしようとは思ったけれど、まともに目を合わせているのはこちらが耐えられない。
まあ景色を見るしかないなと思って適当に話をしながら外を向いていた。
すると彼女が、
「あの…なんか、すみません…」
と謝ってきた。
ちょっとびっくりして振り向くと、彼女が俯いてしまっている。
先ほどよりもちょっと距離も取って。
いや、謝ることではないしな。
むしろゆうみちゃんも一緒に巻き込まれたほうだ。
安心してもらわなければ。
私は「はい」と手を差し出した。
ゆうみちゃんも一瞬驚いたようだが、すぐに満面の笑みで差し出した手に繋いだ。
もう、その時私はすでに彼女を見ていなかった(見ていられなかった)のだが、繋いだ手から充分それが伝わった。
下で待っているであろう組子たちにわからぬよう、かつ、ゆうみちゃんを安心させるための私の妙策であったのだが、彼女はそんなことはお構いなしだ。
「外から見えるから!」
腕にしがみついてこようとする彼女を抑えることも大変だったが、それ以上に、高揚する私の心臓を抑えることが大変だった。
私が素っ気ないのは大概照れている時だ。
努めて素っ気ないふりをするのに、私の中で私がどれだけ尽力していることか。
それでも、そんなことも今ではいい思い出だ。
近くにあったベンチに座り、足を組む。
普段は忘れているのだが、今日はやけにいろいろなことを思い出す。
月夜に佇んでいるせいか。
そう、もう一つ、私には胸にしまっておきたいとても大切な思い出がある。
これは、誰にも言いたくない。
彼女の誕生日だったから、私の気持ちも特別だったのだ。
危うく彼女の誕生日の時の話を「ゆうみブレイク」のスタッフに話されそうになったときは、
「いいから。」と内心慌てて制止したっけな。
「昨日の誕生日でちぎさんが」
まで話していたから、本当に危ないところだった。
トップスターはファンサービスも大事だが、何でもかんでも全部話せばいいってものじゃない。
大切に、大事に胸にしまっておきたいものがあってもいいじゃないか。
思い出してフッと笑った。
そのつもりだった。
その時左の頬になにか冷たいものが一筋流れるのを感じた。
…?!
え…涙…?
いつの間にか、私は、ほとんど泣いていた。
ほんの少し前のことが、無性に懐かしくなった。
帰りたい…?
あの場所、あの仲間、あの人がいる処へ…
手のひらへ…
でも、もう元には戻れない。
すべてはもう過ぎ去りし過去のこと。
そこに帰る場所はない。
自分は退団したのだ。
よく分かってることじゃないか。
涙を拭った手を握り込み、こぶしに力を入れる。
これ以上涙は流すまい、と瞼をギュッと閉じる。
しかしかえって瞼の裏に、あの舞台、あの仲間たち、そしてあの笑顔やちょっとスネた顔やら浮かんできてしまった。
ああ…
まさか、故郷に帰って望郷の念を抱くとは。
私の故郷は紛れもなく、ここ佐世保だ。
しかし、もう一つの故郷がある。
宝塚。
私の青春のすべてをかけた場所。
そこで出会った仲間。
そして、我が妻よ。
よくわかっているのだが…
…
気持ちを落ち着かせるように、目深に帽子をかぶり、しばらく眼を閉じた。
…
意外と自分は涙脆いんだよなあ。
そう思いながらゆっくり眼を開けると
月の光が優しく足元を照らしていることに気がついた。
…
そういえば、あの子は、ラストの舞台で「貴方が見つけやすいように、輝いているわ」なんて歌っていたな…
すでに彼女は初仕事に取り組んでいる。
レコーディングは初めてのことで、戸惑うこともあるだろう。
しかし普段はああだが、彼女はしっかり芯の通った人だ。
これからも輝こうとしている。
それはきっと、私の為でもある。
ただただ、まっすぐな心で。
自分だけ、過去に囚われているわけにはいかないよな…
大きく息を吐いた。
そして両膝をパンっと叩いて立ち上がり、帽子を脱いで月夜を見上げる。
あの歌の通り、あなたをすぐに見つけ出せるよう、私も頑張ろう。
あなたにも私を見つけてもらわなければ。
郷愁に駆られてメソメソしているところを見せては嫁さんに怒られそうだ。
私は踵を返し車に向かう。
…
きっとまた、すぐに会える。
…
なぜって、私が今から連絡を取るから。
すでに共演の仕事も決まっている。
そうだ、とりあえずレコーディングが無事終わったら、ご褒美をあげないとな…
そう、観劇のプレゼントを。
「早霧せいなさん」とのペアチケットを手配しておくか。
そして、その後は仲間たちと。
さらにその後は…
…
「ヨシッ!」
言うが早いか、私はサッと車に乗り込みイグニッションキーを回して大好きな場所を後にした。
次へと出発をするために…
…
…
…
(完)
補足
ちぎみゆ小説「望郷の詩」は、古代中国の詩人、李白「静夜思(せいやし)」からヒントを得ました。
牀前(しょうぜん)月光を看(み)る
疑うらくは是(こ)れ地上の霜かと
頭(こうべ)を挙げて山月を望み
頭を低(た)れて故郷を思う
寝台(ベッド)の前に月光が差している。まるで地表を霜が覆っているかと見まごうほどだ。
頭を上げて山ぎわにかかる月を見ていると、だんだん頭が垂れてきて 気が付くと故郷のことをしみじみ思うのであった。
もう一つはこちら。
望郷の念を歌っています。
天の原 ふりさけ見れば 春日なる
三笠の山に 出(い)でし月かも
(安倍仲麿)
こちらもイメージ参考に。
夏は夜。月のころはさらなり
(枕草子 清少納言)
海は広いな大きいな 月は昇るし 日は沈む
(唱歌)
あとは、咲妃みゆさんが、月組出身というのもあったりしまして、月がキーワードになりました。
満月の時は引力の影響でバイオリズムに変化が起きやすいと言われています。感情的にも。
月夜を見て、望郷の念に駆られ、少し感傷的になるちぎさん。おわりは明るい感じにしたいので、次へ向かう気持ちを入れました。
もしかしたら、同じ時に咲妃さんも月夜を見て同じことを思っていたのかも…。(物語上の想像です)
その後の二人
その後、二人は観劇で再会を果たすことができましたよね。
観劇後もお二人だけの時間を過ごされていればいいなあ、というのは私の妄想です。
観劇の翌日、「昨日、私は幸せでした」とプロデューサーに語ったそうですから。
もしそうでなくても、ちぎさんの隣にいるというそのものが、ゆうみさんにとっては幸せだったでしょう。
例え話さなくても、目が合っていなくても、一緒にいる時間のすべて、お二人は通じ合えていたのでは、と思います。
あとがき
いかがでしたでしょうか?
いくつかのエピソードに脚色してちぎさんに語って頂きました。
もう少し甘い感じを出すかは迷ったところですが(読む方はもう少し甘い方がいいかも?)、そこも照れ屋の早霧さんの心情、ということで抑えています。状況的にはそこそこ甘いのですが。
咲妃みゆさんが登場できず、すみません。
お楽しみいただけましたら嬉しいです。(^^
次回作はまったく思い浮かびません(笑)ので、当面書く予定はありません。
これだけでも(私の力量としては最大限頑張りましたが)、結構書くとなると難しいものですね。
どなたか書いて下さらないかしら…
しかし、妄想をリアルが越えるところがちぎみゆ。
今後も早霧せいなさん、咲妃みゆさんに注目したいと思います。
2回に渡りましたが、お読みくださりありがとうございました。
(今回は3600字超え、お疲れさまでした)
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