こんにちは、はぴごろもです。だいたい雑談です。
少し前に小学校の行事の音楽会に行ってまいりました。
うちの子供は1年生なのですが、トップバッターの3年生の冒頭からなぜか涙腺がウルっと来てしまいました。なんとドイツ語で「第九」ですよ。(あっ、望海さん率いる雪組も歌うかなあ。『f f f -フォルティッシッシモ-』~歓喜に歌え!~ですものね。)
この子たちも2年半くらい前、小学校に入ったばかりなのに、こんなにうまく合唱できるなんて!鍵盤ハーモニカもリコーダーも上手ね。ピアノの子は緊張しているかもしれないけど、しっかり弾けてるねえ。大太鼓の男子も力強い。気持ちが入ってるね!うーん、みんなすごいすごい!と感動してしまいました。いや~油断してたわ。
そのあと1年生の出番が来て、うちの子も一生懸命歌ったり演奏したりで、おっと、ちょっと緊張したかな?でも頑張ってました。パチパチ。1年生はまだまだみんなかわいいねえ。
トリを飾る6年生は『天使にラブソングを2』でおなじみの「Oh happy day」。なんと「客席降り」もあり、手拍子したりで盛り上がり、温かい気持ちに。そしてちょっとだけ宝塚気分になりました。
6年生は最後の音楽会。きっと精いっぱい練習したのだろうな、と思うとまた目頭が熱くなりました。
私もこの小学校の卒業生なのでウン十年前の自分のことも思い出しました。「茶色の小瓶」を歌ったなあとか「宇宙戦艦ヤマト」を演奏したなあ、とか、あのピアノで校歌を弾いたなあ、とか思い出したり。来年度、新体育館が完成するのでこの歴史ある体育館の音楽会も今回限り。そう思うといろいろと感慨深かったです。
自分の子供だけ見ればとりあえずいいや、と初めは思っていたのに、音楽の力ってすごいですねえ。最後までくぎ付けになってしまいました。
つい7年前に生まれた子がこんなにもいろいろできるようになって…うう…(涙腺ゆるい)
毎日忙しい中だとうっかり見逃してしまいそうですが、こうした節目節目で成長を感じられるのはいいですねえ。
やっぱり子供だからできてすごいね!えらいね!という思いが湧いてきます。1年生は1年生なりに。6年生は6年生なりに。
成功と失敗を繰り返しながら、小さなステップを一つづつ積み上げていった成果なのだろうな、と思います。そうした過程は貴重な経験ですので、これからも気を配って、頑張ってるね、とか声を掛けたいなあと感じたことでした。
自分に余裕がないと、子供に「どうしてできないの!」とか「なんでやらないの!」「早くして!」とか言ってしまいそうな時はあります。でもちょっと立ち止まって、”スモールステップ”の考えでいくといいかもしれませんね。一歩先にゴールを設定して、できたら認める、の繰り返し。ちょっとした成長を言葉に出してみることで子供は成功体験を得られます。親としても嬉しいですね。
なんでもかんでも褒めれば良いものでもないですが、ちょっとできたらそれを認める。できていなくても粘り強く頑張った過程を認める。気持ちが通じている気がしてなんかいいかな、と思います。
とは言っても、私もできたりできなかったりなのですが、できなかった頃よりはできるようになってきました。
そんな中ふと、宝塚でもそんな考え方をしてもいいかも?と思いました。
今をときめくトップスターはじめタカラジェンヌの皆様も、さすがに赤ちゃんの頃は技術的なことはできません。ちっちゃいころは歌ったり踊ったりが好きだったのかな?ホッピングばかりやっていた、という子もいたでしょう(それは早霧せいなさん)。それぞれだとは思いますが、そんなある時、ある時点で宝塚を目指すことになります。
はじめは何もできなかったところから一歩一歩階段を上っていく。それこそ膨大な練習の積み重ねで少しづつできることが増えていったのだろうなあと思います。
1回の受験で合格した人もいれば、4回目で合格した人もいていろいろですね。音楽学校に入学してからは厳しい環境でさらに稽古に精進します。
舞台に立ってからも精進は続きます。スターの花の道は厳しい。一段一段階段を上がり、時には道に迷ったりして、それでもまた目標に向かって邁進していきます。
青春真っ盛りの時に、芸事のために、成功も失敗も経験として自分の糧として歩んでいく、その精神の尊さですよね。こんなふうに思いを馳せてみると、活躍中のジェンヌさんに、これがマズい、ここはどうなの?とかこうすべき!とか私は思えてこないかな。
もちろん、子供の音楽会とお金をもらっているプロとではまったく事情が異なり、引き合いに出すのも失礼かもしれません。
客にとっては貴重な時間とお金を使ってプロの芸を観に来ているのですから、厳しい声があるのはあたりまえです。そりゃ私も素晴らしい公演が観たい。宝塚歌劇団は高いレベルで魅了しつづけて欲しい。
でも物足りないところはあっても、「○○なのに」などの言葉はちょっと自分としては選びたくないなあ。他の魅力を発見したり、今後の成長に期待する言葉を選びたい。
トップへの言葉もまま見かけますが、そのあたりは劇団の人事かと…
厳しい言葉はその現場のプロがビシバシ言っていて、なによりもご本人が一番自覚しているでしょうからねえ。表現は自由なので好きな方はご自由にですが、私は特に声に出して言う気はあまり湧いてこないです。
それを「盲目的」というのも私は違うと思っています。それなりに承知しているけどそれをその言葉をもって公に出してしまうのが好みでないだけです。それよりは好きなジェンヌさんのいい面を知りたいし、言葉することにエネルギーを使いたいですね。ほんと、これは好き好きですが。
大衆文化ですし、いろんな考えがあるのでそれぞれでいいけど、ちょっとそんなふうに思ってみるのも心穏やかになったり感慨深くなっていい面があるかも、というお話です(主張が薄い)。舞台の端のほうのジェンヌさんはまだ10代の方もいますよね。これがもし自分の子だと思ったら…どうでしょう?
うう、隅っこでも一生懸命頑張ってるね!お母さんは観てるよ!涙でちょっと滲んでるけど…ってなりそう。(実際うちにいるのはクレヨンしんちゃん実写版だけど)
小さな小さな階段が大階段になる日まで…想像だけど見えないところに思いを馳せ、スモールステップで応援する。ジェンヌさんはプロでありフェアリーですが、人の子です。頑張るあなたは誰よりも光輝いているよ!と心やお手紙でエールを送ったらジェンヌさんも励みになり、さらなる成長を目指して力強く進んでいけるのでは、と期待を込めて。
望海風斗さんのように、お芝居心がありすでに歌がうまさの形容がしかねるほどの人でも、新人の頃やもっと前のころを思ってみると、またひと味違う感慨に浸れるかもしれませんねえ。
ではでは、お読みいただきありがとうございました。
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