愛の呪いに苦しむ男
こんにちは、はぴごろもです。
『ドン・ジュアン』の感想の最後です。
先に書いたのはこちらです。
第2幕から続けていきたいと思います。
ドン・ジュアンは初めて心から人を愛した。着飾っていない、魅力的であるはずの自分に色目を使って寄って来ない。ひたすらに一つのことに打ち込む姿が自由であり美しい人。
生きる世界が違う人であったが、その世界に禁を犯して再び駆けつけた。
マリアもありのままの、一番自分が自由である姿が美しいと言ってくれたドン・ジュアンに心惹かれる。
一方、婚約者ラファエルもマリアを愛する優しい青年。愛する人や祖国を守るために戦場に赴いていた。違うのは彫像の仕事をやめてくれと言っていること。
これは彼なりの愛から出た言葉だが、マリアにとっては自由を奪われること、つまり根幹から自分らしさを奪われることであり、そこが大きく引っかかっていただろう。
自分の生き甲斐である彫像を制作する姿を美しいといってくれたドン・ジュアンになびいてしまったのもわからなくはない。
「祝福されるさ」とドン・ジュアンは言うが、そう予定通りうまくはいかない。『エリザベート』のように。
では、街を出よう。赦しなどいらない。
庭にオレンジの木を植えてそこには小鳥がとまりさえずる。
海の近くで潮騒が聴こえる場所にしよう。
さすがはなかなかのロマンチストだ。愛を囁くにはいいところだろう。
一方、愛が深まるほど、呪いによる苦しみも着実に深まっている。
エルヴィラ(有沙瞳)は亡霊に魂を売って真実へ近づく。
ラファエルは戦場から帰還し、マリアの姿がないことに愕然とする。
そしてすぐにエルヴィラによってにわかに信じがたい真実を知ることになる。
ラファエルは戦場ではマリアを生き甲斐にして生き残ったが、帰ってから心を失うことに。希望がないというのはすなわち絶望だろう。
絶望は怒りとなりマリアを奪った者へ行く。
ラファエルはついに酒場でドン・ジュアンを見つけ、殴りかかる。
婚約者がいたことを初めて知ったドン・ジュアンも嫉妬に狂う。
初めからよく確認しなかったドン・ジュアンもどうかと思うが、嫉妬そのものも恋した女への執着であり、この感覚も彼にとって初めてであったかもしれない。そう思えば現在恋人がいるのかどうかを尋ねなかったことも想像できる。
ドン・ジュアンは「侮辱」を受けラファエルに決闘を申し入れる。
この時の歌がまさに鬼気迫るものだった。
差し迫る緊迫感。小太鼓(ティンパニ?)のリズムとともに一回目の少しだけ巻いた
「rrラファエル!」。
そして高まるリズムに2回目の巻き舌
「rrrrrラファエル!!!」。
望海風斗の歌声は高音から低音までいい。むき出しの感情そのものがいつのまにか歌となっている。
まるで大天使ラファエルを凌駕しそうな悪魔の使いのような形相のドン・ジュアンだ。
ここでそのまま飲み込まれず、しっかりと対峙できるラファエルもいい。
彼は戦場で生き残ったが、生還してから心を殺されてしまった。
お互い喪失の怒りと怒り、不倶戴天の敵となってしまった彼らは決闘という形でどちらかか果てるまで戦うことに。
ドン・ジュアンは嫉妬に狂ったその直後に、爪噛みをしている。その背中はまるで子供だ。
母の急死により、愛を失った喪失感の恐怖がフラッシュバックしたのだろうか。
そのあとのボロボロになる様は圧巻だ。人目もはばからずに葛藤を吐き出し、ボロ雑巾のように打ちひしがれる。
愛の呪いは彼にとって耐えがたい煉獄のような苦しみを与えた。
誰よりも愛を欲していた男
決闘の日。
剣ではドン・ジュアンが現役兵士より秀でていて、赤子の手をひねるよう。実力差は歴然だった。
しかし、またここでラファエルを倒してしまったら、また終わりなき愛の渇望に苦しむことになるだろう。
亡霊は警鐘する。
ドン・ジュアンは剣を降ろしノーガードでラファエルに向かい、ついに自ら欺瞞の人生の幕を降ろす。
夜明けの大地を赤く愛が染める。皆が彼にバラを手向ける。
一心不乱に貪るように得ていた愛は満たされない自分を知るだけであり、真の愛ではなかった。
最期に自分の命を懸けて、ようやく真の愛を得ることができたのだろう。
ドン・ジュアン。放蕩の限りを尽くした男は誰よりも愛を欲し、もがいていた。愚かな男による真実の愛の物語。
素晴らしかった。
おわりに
マリアの彫像を壊した腕力というか背筋がすごいのではと思い返し。
そして望海さん、ほんとすごいなあ。
雪組、専科の皆様も素晴らしかった。海外のミュージカルですが、活躍する役が意外と多く嬉しいです。コーラスも半分とは思えない迫力でした。
大地を愛で染めた男、ドン・ジュアン 。
(以上、敬称略で書きました)
お読みいただきありがとうございました。
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