「Baddy(バッディ)」DVD感想②~惹かれ合う魅力~




異なる「人生の目標」

こんにちは、はぴごろもです。

前回に続き月組「Baddy」から思ったことを書いていきます。

「Baddy(バッディ)」DVD感想①~上田久美子氏の描く善と悪~

”地球”では103年前にわずかな悪も赦さない、完全に平和な国を構築しました。

その時すべての悪は駆逐されたか改心したか、もしくは月に脱出したようです。

なかなかの善の力です。ロベスピエールもなし得なかった平和な統一国家。どのように統一されたのかはちょっと気になります。

 

さて、バッディたちとピースフルプラネット“地球”の人たちでは生きる目標が違います。

バッディたち”悪”は魅力の為の悪。

今を生きるための悪です。

かたや地球では天国に行くための善行を奨励しています。

つまり死後のための善です。

 

今生を自分のやりたいように生きること。

一方、地獄行きを恐れて常に人の道を外れず真ん中を歩むこと。

どちらがいいかというのは一言では言えませんが、のびのびと生きる、という点においては前者バッディ側かもしれません。

スイートハートは「天国なんてダサすぎる」。こちらから願い下げだと言わんばかりです。

ただやりたいことがあまりにも非生産なことばかりでは困窮するでしょう(バッディの宇宙服がツギハギ)

その場の快楽を選ぶか遠い未来のことのために窮屈退屈に生きるのか、という対比が面白い。

怒りの感情に生を知る

ちゃぴさんグッディ(愛希れいか)は、地球の平和維持を一手に引き受ける敏腕捜査官です。

犯罪は起こっていないものの、抑止の為に警戒を怠りません。

その為には常日頃の自己鍛錬を欠かさない、正義感溢れる人物。

しかしずっと平和な国の平和を守る仕事、というのもモチベーションがややぼやけてこないだろうか。

例えばマンガやアニメでよくある悪の「世界征服」という目標は明確です。正義の味方が特に夢がない(悪を倒すぐらい。個人的に何かをしたいというものはない)のに対して悪は非常にわかりやすい。

グッディはたしかに仕事に誇りを持っていた。

だがバッディへ込み上げる怒りに、今を生きるという強烈な感情を細胞レベルで知ることとなります。

惹かれる魅力

その前に心臓を撃ち抜かれたようなトキメキを感じてしまっているのだから、怒りはなおのことです。

その時バッディもグッディに惹かれています。

意外にも悪行とは相反するところ、澄んだ瞳や嘘をつかない美しい心にキュンとしたようです。

バッディは実は悪人にはなりきれない、ちょいワル親父ぐらいのようです。ピュアな心の持ち主なのかも。

グッディに共通するところを感じて惹かれたところもあるかもしれません。

「悪いことがしたい」と「いいこでいたい」の矛盾

「悪いことがしたい」「いいこでいたい」は二律背反です。

悪いことをした時点でいいことは言えません。

この自己言及のパラドックスのような矛盾する状態を次々と歌い手を変えて歌います。

良くも悪くも皆お互い自分にはない魅力に惹かれたようです。

今を生きる実感が湧く「悪いこと」と実は地獄が怖い、天国へ行きたいという「いいこでいたい」こと。人の欲求は尽きず、聖人君子のようにはなかなかいきません。

いいことがあるから悪いことが魅力であり、悪いことがあるからこそいいことが魅力的でもあります。

宝塚のショーにおいても王道のものがあってこその「Baddy」かと。積み上げられたしっかりしたものがあるからこそ安心して「Baddy」を楽しむことができます。

善がベースにあることは安心感があります。ありがたや。

陽の塊のような珠城りょうさんが演じることによってバッディをバッディとして存分に楽しませてもらえます。

おわりに

善だ悪だと「ゼンダマン」のようになってしまいましたので(伝わるだろうか)、

次は人物ごとでもう少し書きたいと思います。

でも善悪についてももう少し思ったこともあり…

お読み頂きありがとうございました(^^)

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