こんにちは、はぴごろもです。
8月15日、終戦記念日。
参拝は叶わないが、靖国に眠る祖父とすべての英霊に手を合わせた。
先の大戦のときは宝塚はどのような状況下にあったのか。
劇団HPの「宝塚歌劇の歩み」の年表を拝見した。
1914年(大正3年)に初めての公演をして以来、順調に組織化して拡大させ、1930年代にはドイツやイタリア、アメリカなど各国で公演している。
1939年(昭和14年)にはアメリカ公演で米本土9ヵ所を巡演とある。
海外でも活発に活動できていた。
しかし同年、第2次世界大戦始まり、宝塚歌劇団にも暗雲が。
1940年(昭和15年)、「宝塚グラフ」「歌劇」が休刊。
“宝塚歌劇音楽奉仕隊”を結成し、病院や工場を慰問。
「宝塚少女歌劇団」を「宝塚歌劇団」と改称したのもこの年だそう。
1944年(昭和19年)、ついに宝塚大劇場と東京宝塚劇場に閉鎖命令。
1945年(昭和20年)に終戦を迎え、9月にアメリカ軍が宝塚に進駐、大劇場一帯を接収した。
接収を解除し、公演が再開されたのは翌年から。
暗い時代が長かった。
再び再開させ、その後も発展し続けたことは、多くの先人のおかげ。
今もある意味戦時下のようであり大変な困難にある。
そして現在のタカラジェンヌも、後世には”先人”となる。
偉大な先人のおかげで新型コロナウイルス(そのころは”新型”ではないが)の困難をも乗り越えてきました!
となるのだろう。是非そうであって欲しい。
経営的にも出演者やスタッフの精神的にも大変な時が続いているが、どうか良い状況になりますように。
コロナ禍はもちろん、戦争も二度とあって欲しくない。
そのためにはどうしたらよいか、というのはいろいろな意見がある。
思い切って「家」で例えて考えてみよう。
近所にうちの財産を狙う人がいる。トラブルにしたくないけど、難癖つけてもともとコッチの土地だ、とか言って勝手に入ってくる。
困ったもんだ。話し合って解決できればいいけど、相手はとることしか考えてない。平行線だ。
その間に自分の知力体力財力をつけたりアルソックに入ったり、正当性を訴えて同じ価値観の仲間を増やしたり、専門家に頼んだり。
やるべきことはたくさんある。
ケンカも嫌だが、勝手に家の財産や土地を取られるのも嫌。
命だけは絶対嫌。
どうしましょう?
ケンカは二度としないと家訓で決めている。盗られるままに盗られるしかないのだろうか。
ケンカはたしかにないが自分や家族がどんな末路になることか…
残念ながら土地や財産を狙う人(国)は存在するので、常に危機感を持って自衛することが必要だと思う。
家ならば『フライングサパ』や『眩耀の谷』のように新天地にお引越しも可能だけど、地球上の国はそうはいかない。
戦争は多くの命が犠牲になるが、そもそも戦争ができないくらいの国力の国は、当時ほぼ、列強の植民地となり、蹂躙され続けた。
戦争も二度と嫌、戦争に至らなくともどこかの強国が弱い国を蹂躙する世も二度とあって欲しくない。と私は強く思う。
あまり「べき」という言葉は使いたくないが、領海・領空侵犯されている現実を思うともっと危機感を持つべきだと思う。領土も侵犯されようとしている。主権侵害という重大な問題だ。
少し前、ツイッターで「#検察庁法改正案に抗議します」のタグがトレンドになったことがあった。
たしかに手法は無理なところがあり、批判は結構だと思う。批判する自由はあるし。
その時多くの著名人、舞台関係者もツイートした。
しかしもっと恐れなければならない現実があるではないかと。他の職に倣い国家公務員の定年延長反対に声を上げるならば、自由な表現を守るためにもっと警戒しなければならないものがあるのでは。
言葉、伝統文化が守られるために。
自由な表現、思想のために。
家族や大切な人の健康が守られるために。
「フライングサパ」のように思想だけで逮捕される国がある現実。
日本はいろいろあってもなんだかんだで世界の中では自由な方な国だと思う。大きな視点で見たい。
宝塚という夢をくれる団体が今度もずっと存続してくれますように。
終戦の日に、自分なりにあらためて戦争も蹂躙されることもない、平和な世の存続を願った。
ちょっと説教じみていてごめんなさい。ではまた〜
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